YOKOSUKA ARTS THEATRE

世界へ羽ばたき、輝きを増した名手達の現在 - 上村文乃

――上村さんは3歳でピアノを始められ、その後、ご両親がきっかけでチェロを始めたそうですね。ご両親はどうしてチェロをやらせたかったのでしょうか?また、上村さんは、チェロという楽器のどんなところに魅かれたのでしょうか?

上村(以下K) もともとピアノは、将来どんな職業に就くとしても、指を動かすことは脳の発達にいいのではないかということで始めました。続けているうちに音楽が合っていると感じたようで、一生懸命やってみようということになりました。ただ、ピアニストは人口もとても多いし、両親ともに弦楽器の音色が好きだったので、当時まだめずらしかったチェロを始めることになりました。
結果的によりによって音楽の道に進んでしまったことは、両親にとって心身ともに、苦労が多かったと思います。続けることに罪悪感が募るときもありましたが、今では自信をもって私にはチェロしかないと思えるし、なによりこのあたたかく深い音が大好きなので、幼少期にチェロを与えてくれた両親にはとても感謝をしています。

――横須賀には、2012年の「フレッシュ・アーティスツfrom ヨコスカ リサイタル・シリーズ」に出演いただきました。その時のことを覚えていらっしゃいますか?

K リサイタルに出演させていただいた時は、日本音楽コンクールで入賞した直後であり、留学直前でもありました。自分自身にいろいろな決断を迫られ、今までの人生を振り返り葛藤していた時だと思います。今から考えると結果的にとても良い方向にむかいましたが、留学して5年がたち、今また立ち止まり考える時だと感じています。人生の転機に同じ場所で演奏させていただけることは、とても運命的なものを感じます。
横須賀へはリサイタルのとき初めて伺いました!“海軍の街”というイメージが強かったので海軍カレーが食べたい…とひそかに期待していましたが、夜遅く真っ暗でお店をみつけることはできませんでした。少し残念でしたが、終演後お客様から横須賀海軍カレーのレトルトパックシリーズをいただき、とても興奮したことを覚えています。お心遣いに感謝です。

――その後、国内の音楽事務所に所属しながらも、スイスのバーゼルに留学中ですが、住み心地はいかがですか?

K バーゼルはヨーロッパの中でも希有の町で、スイスでありながら北に行けばドイツ、西に行けばフランスに行けてしまうとても便利な場所に位置しています。私が住んでいるおうちからも、トラム(路面電車)に20分乗るとドイツへ、はたまたフランスへは徒歩5分ほどで着いてしまいます。
そのせいか、町の中には様々な文化が入り交じり、ドイツでは絶対出会えないフランスのお菓子(エクレアや甘さ控えめのお味)だったり、クリスマス用のグッズも各国仕様のものが手に入ります。またドイツ人からすると笑ってしまうような強い訛りのスイスドイツ語も特徴の一つですね。
それまで住んでいたドイツの大都市ハンブルグから夜行列車にゆられ、眠い目をこすりながらバーゼルにはじめて降り立った時は、町の小ささ、観光するところも殆どない、そして駅構内で500ミリリットルのお水のペットボトルに約600円かかったことは本当に驚愕しました。
そんなこともありはじめの1年はものすごく退屈だし、ちょっとパンを買うのも躊躇ってしまうような窮屈な生活でしたが、2年を過ぎたあたりからやっとこの環境にも順応できるようになり、逆にこの大らかさや、恐らく日本よりも安定した治安の良さに居心地の良さを感じるようになりました。今では、古さと新しさが共存しつつ都市化していないバーゼルにとても愛着が湧いています。

――留学をしたことは、上村さんの音楽にどんな影響や刺激を与えていますか?

K 留学したことによって得られたことはたくさんあります。バーゼルでの師、イヴァン・モニゲッティ先生は故ロストロポーヴィチの最期のお弟子さんで、ロシアのスタイルや、モニゲッティ先生独自の基礎を徹底的にたたきこまれました。はじめの1年は今までやってきたことを全てやり直すような辛い時間でしたが、少しずつ身についてきたころには先生とも打ち解けることが出来、自分自身でも変わっていくのがわかりとてもやりがいを感じました。
また、外国で一人になり生活していくことで、音楽を勉強するだけでなく、社会との関わりや、自分のアイデンティティがどのように形成されているのか考えるようになりました。今自分が何を欲しているのか、それが明らかなのかまだ靄の中にいるのか、なんとなく生きるのではなく、常に自問自答を繰り返しながら歩くことによって、自分が何をしたいのかがちゃんと見えてくるようになった気がします。

――今回、5年ぶりに横須賀に戻ってきていただけますね。高関 健指揮、東京シティ・フィルと世界中で人気の高いドヴォルザークのチェロ協奏曲op.104を演奏いただきます。この曲について、上村さんご自身にまつわる思い出がございましたら教えてください。また、このコンチェルトの魅力はどのようなところにありますか?

K ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、もともとあまり好きな曲ではありませんでした。そもそもドヴォルザーク自体あまり好みではありませんでした。それでも、チェリストにとって切っても切れないこの作品と向かい合うべく、彼の交響曲を聴いたり室内楽を弾いたり、そして故郷であるプラハも訪れました。プラハの旅は、今まで知りえなかったドヴォルザークの人柄に触れるような感慨深いものでした。ドヴォルザークの実家がお肉屋さんだったことを思いながら食べた絶品の肉料理や、国民劇場で観たオペラ“悪魔とカーチャ”(子供用の作品)、旅の最後にドヴォルザーク博物館で聞いた“モラヴィア2重奏”の美しさ、教会から響く独特の少しオリエンタルな鐘の音・・・・たくさんの思いが胸一杯につまって、ドヴォルザークがとても好きになりました。
このチェロ協奏曲は、ドヴォルザークがアメリカに渡り故郷を懐かしみ、また初恋の相手の病死に心を痛めながら筆を取った、彼自身にとって思い入れの強い作品です。私も外国にいることで、故郷を想う気持ちは重なるものがありますし、今また新たな気持ちで直筆譜と向き合うことにより、気心知れた友人がたった今書いたばかりの音楽を受け取ったような、新鮮な気持ちで作品に取り組んでいます。

――最後に、横須賀のお客様へメッセージをお願いします。

K 高関先生と、東京シティフィルのみなさま、そして素晴らしい音楽家である響君や愛理ちゃんとともに横須賀芸術劇場の大ホールで演奏させていただけること、とても光栄に思います。ご推薦してくださった梅津先生、ありがとうございます。一人でも多くの方と素晴らしい時間を共有することができますように。今からとても楽しみです。みなさまのご来場をお待ちしています!!

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