音楽ライター 林 昌英
異色の実力派弦楽四重奏団 モルゴーア・クァルテットの公演を控え、ショスタコーヴィチとキング・クリムゾンの魅力を紹介
11月、モルゴーア・クァルテットが、ショスタコーヴィチとキング・クリムゾンを、同じステージで披露する。この挑戦的な公演を控え、本稿ではショスタコーヴィチの作曲家像を簡単に振り返っておきたい。
ドミトリー・ショスタコーヴィチは1906年、帝政ロシア時代のサンクト・ペテルブルクに生まれ、ロシア革命を経て、亡命することなくソヴィエト時代を生き抜き、1975年にモスクワで亡くなった。早くから天才と称され、ロシア・アヴァンギャルドの時代に重なる20代までは前衛的で尖った作風で才能を発揮していたが、転機は1936年。スターリンの大粛清による恐怖政治の時期、大人気を博していた彼のオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」にスターリン自身が観劇に訪れ、直後の共産党機関紙「プラウダ」に猛烈な批判記事が掲載されてしまったのである。そこからショスタコーヴィチは当局の「社会主義リアリズム」に合う作風を、という(正体不明の)要請に基づき、表面的には聴きやすい作品を書き続けることになる。それらは体制に迎合しているようで見えながら、常に裏の意味があるような内容や感情をもっていて、一筋縄ではいかない「ショスタコーヴィチらしさ」を確立しながら、20世紀ソヴィエトという時代性をも切り取る傑作群となったのである。
彼の代表作は15曲ずつ完成された交響曲と弦楽四重奏曲であり、その変遷からも作曲者の深奥に触れることのできる作品群である。実はショスタコーヴィチの作品は、ほんの30年ほど前までは日本で聴ける機会は決して多くなかったが、いまやこの作曲家の名前がないシーズンは考えられないほど演奏機会が激増した。弦楽四重奏曲については、モルゴーア・クァルテットがいち早く全曲演奏に取り組み、高水準かつハイテンションな演奏でその真価を伝えたことによる貢献が大きい。彼らはわが国のショスタコーヴィチ受容を進めた重要な存在なのである。
2023年 11月19日 (日) 15:00開演 (14:30開場)
ヨコスカ・ベイサイド・ポケット