YOKOSUKA ARTS THEATRE

牛田智大 類稀な詩情が湛えられた鮮烈な感性

音楽評論家 真嶋雄大

 牛田智大君の進化が止まらない。過日も読売日響の創立60周年記念特別演奏会でショパン「ピアノ協奏曲第2番」の演奏を聴いたが、ショパンの真実を引き出そうとする真摯な姿勢や内省への対峙、過剰な起伏を抑えた詩情溢れる肌理細やかな情感が漂漾しており、作曲家の精妙な心象風景を鮮やかに映して聴衆を唸らせた。さらに牛田君のピアニシモは深々とした沈潜や物憂げな抒情を醸しながらあくまで儚く、と同時に比類ない存在感を湛えていたのである。

 そもそも筆者と牛田君との邂逅は2010年3月に行われた国際ヤング・ピアニスト・コンクール。そこで筆者は審査員をしていたのだが、そこに突出した才能がいた。それが当時小学4年生(確か)の牛田君であったが、その嫋やかで芳醇なシューベルトに驚愕した覚えがある。それは既に今日の彼を予感させるような演奏であったが、それが確信に変わったのは2012年の浜松国際ピアノアカデミー。その最終日のコンクールで牛田君はショパン「ピアノ協奏曲第2番」を演奏、見事に優勝を果たしたのだ。まだあどけない少年の面影が残る12歳での快挙だった。その時音楽監督をされていた故中村紘子さんが私に伝えたのは、「彼は100年に1人の天才よ」。その言葉通り、その後のメディアへの登場やCD録音、コンサート活動など目覚ましい活躍は詳細をあらためて記す必要もなかろう。

© Ariga Terasawa

 その牛田君は成人し、年齢を重ね、日々の探究、また経験値などが相俟って、ひとりの輝かしく、独自のピアニズムを携えた音楽家として、その天分をより開花させている。近年は集中的にショパンに取り組み、デビュー10周年記念リサイタルをオール・ショパンで飾った。選曲もショパン晩年の作品を主軸に取り組むなど、彼ならではの見識を示している。また横山幸雄氏や松田華音さんらとの共演等多彩なフィールドにも果敢に挑戦し、その都度高い評価を得ている。

 故中村紘子さんが常々口にしていたのは「演奏にもっとも必要なのは詩情」という言葉。その詩情を会得するのはなかなかに困難であるが、牛田君こそはひょっとすると音楽に必要な詩情やセンチメント、そしてパッションを持って生まれてきたのかもしれない。 今回の演奏曲目は、モーツァルト、シューマン、そしてブラームス。それぞれの作品に牛田君がどのようなアプローチを示すのか、どのような色彩が乱舞するか、どのようにしっとりとした詩情が聴くものを包み込むのか、今から愉しみでならない。

横須賀芸術劇場リサイタル・シリーズ67
牛田智大ピアノ・リサイタル

2023年 3月21日 (火・祝) 15:00開演 (14:00開場)
よこすか芸術劇場
S席:4,500円 A席:3,500円 B席:2,500円 ペア券(S席):8,500円

おすすめ