YOKOSUKA ARTS THEATRE

八面六臂の活躍を繰り広げるチェロのオールラウンドプレーヤー、上村文乃

 池田卓夫

音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎

 2022年7月、上村文乃は米インディアナ州インディアナポリスで開かれた「国際バロック・コンクール」で優勝した。バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)でも弾いているから古楽のスペシャリストと思われがちだが、大オーケストラとロマン派のチェロ協奏曲を共演、同時代の新作初演に挑戦、音楽劇の伴奏に参加…と、上村の活動範囲はチェロ奏者の常軌を逸して?幅広く、好奇心の旺盛さをうかがわせる。疲れを知らず、いつも嬉々として演奏の現場に現れるオールラウンドの名プレーヤー。横須賀芸術劇場のリサイタルでも中野翔太の闊達なピアノを得て、18世紀のバッハから20世紀の日本人作曲家まで、チェロ音楽の華麗な万華鏡を繰り広げて魅せる。

 上村は桐朋学園大学ソリストディプロマコースを終えるまで、ごく普通の優秀なチェロ学生だった。2007年の第5回東京音楽コンクール弦楽部門、2010年の第80回日本音楽コンクール・チェロ部門でそれぞれ第2位を得たのは、学生時代最大の成果だろう。大きな変貌を遂げたのは、2013年から7年間のヨーロッパ留学を通じてだ。ドイツのハンブルク音楽演劇大学でフィンランドの大家アルト・ノラスに師事する一方、スイスのバーゼル音楽院、バーゼル・スコラ・カントルム(古楽科)ではクリストフ・コワンらにバロック奏法を学び、自身の古楽アンサンブル「Musica Amici(ムジカ・アミチ)」もバーゼルで立ち上げた。時代、文化、様式などの壁を取り払って縦横無尽に音楽の大海を泳ぎ、八面六臂に動き回る土台をヨーロッパで築き、2000年に帰国した後も活動の基本としている。

 つねに生き生きと音楽に興じるエネルギーの渦は当然、共演者や聴衆も巻き込む。最近もミューザ川崎シンフォニーホールで原田慶太楼指揮東京交響楽団とボッケリーニの「チェロ協奏曲」を演奏した後、上村は同じ作曲家の小弦楽五重奏曲「マドリードの夜警」を自ら協奏曲仕立てに編曲、チェロを弾きながら舞台袖に消えるパフォーマンスも交え、本編で得た感動の記憶をさらに確かなものとした。横須賀のリサイタルのパートナー、中野翔太はクールでストイックな演奏に定評があるピアニストだが、誰に対しても胸襟を開く上村のマジックを得て、新しい魅力の扉を開くような気がしてならない。

<公演情報>
横須賀芸術劇場リサイタル・シリーズ66 上村文乃チェロ・リサイタル
2022年 11月20日 (日) 15:00開演 (14:15開場)
ヨコスカ・ベイサイド・ポケット
S席:4,000円 A席:3,500円

ピアノ 中野翔太

曲目
ボッケリーニ チェロ・ソナタ 第6番 イ長調 G.4
ベートーヴェン 魔笛の主題による12の変奏曲 ヘ長調 Op.66
J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007
サン=サーンス 白鳥
間宮芳生 田の草取り唄   
倉田 高 日本人形の踊り   
ピアソラ(上村編) リベルタンゴ
ペーテル・エトヴェシュ ポリーヘの2つの詩-朗読するチェリストのための独奏曲
ショスタコーヴィチ チェロ・ソナタ 二短調 Op.40