YOKOSUKA ARTS THEATRE

音楽ライター高坂はる香氏が語る、金子三勇士と公演の魅力

ハンガリー人の母と日本人の父のもと、日本に生まれたピアニストの金子三勇士。2歳の頃、自らの意志でCDプレイヤーのボタンを押し、好んで繰り返し聴いたのは、なんと20世紀ハンガリーの作曲家、バルトークの「子供のために」だったという。その後、6歳で単身ハンガリーに渡ってバルトーク音楽小学校に入学、そして11歳の頃、飛び級でハンガリー国立リスト音楽院大学に入学した。16歳で日本に拠点を戻すまで、ヨーロッパの文化に身を浸しながらピアノを学んできた。

Photo:Seiichi Saito

近年はピアニストとしてステージに立つだけでなく、ラジオパーソナリティとしても活躍中。穏やかでわかりやすいトーク付きのリサイタルは、知的好奇心を刺激する内容で、子供からお年寄りまで、幅広い年齢層から人気を集めている。

そんな金子が今回届けるのは、「音楽でめぐる欧州の旅」と題したリサイタル。ハンガリーはじめ、オーストリア、フランス、ドイツ、ポーランドというさまざまな国と時代を生きた作曲家たちの組み合わせにより、それぞれの文化や音楽の違い、つながり、影響の強さを描くというもの。いつも考えに考え抜いて、趣向を凝らしたプログラムを組む金子らしい内容だ。トークではプログラムに込めたストーリーをたっぷり伝えてくれるだろう。

演奏会は、当日発表のオープニング曲に始まり、オーストリア生まれのモーツァルトのピアノソナタ第10番K.330を続ける。その後に置かれているのは、リストとフォーレの「夜想曲」。リストについては「愛の夢」第3番として親しまれるお馴染みの楽曲だが、これが「夜想曲」に分類されていることを改めて知る方もいるかもしれない。

 ラヴェルの「水の戯れ」とリストの「巡礼の年」より「泉のほとりで」では、水をテーマとした楽曲が対比される。ショパンの名曲「英雄ポロネーズ」とバルトークの舞曲の並びでは、東欧のポーランドと中欧のハンガリーで親しまれる舞曲のキャラクターの違い、一方で通じ合う要素も感じられるだろう。J.S.バッハのプレリュードと、彼から強い影響を受けたショパンのプレリュードより「雨だれ」の並びにも、こだわりが見られる。

 有名曲の数々を金子がどんなアプローチで披露してくれるのか、またこの曲順だからこそどんな発見がもたらされるのか、興味は尽きない。親しみやすいトークで、ショパンの祖国ポーランドとハンガリーというご近所同士の国の関係や歴史、バッハが国と時代を越えてさまざまな作曲家に与えた影響についても知ることができそうだ。

 金子が敬愛する作曲家であるリストの「ラ・カンパネラ」やハンガリー狂詩曲第12番も楽しみだ。これらは彼が繰り返し演奏し、完全に手の内に入ったレパートリー。この日のピアノやホールの音響はもちろん、聴衆のリアクションを受け止めながら、ここでしか聴けない表現を展開してくれるだろう。

 そしてもう一つ聴きものなのは、前述の通り、金子が幼少期最初に魅了された作曲家である、バルトークの小品の数々。金子はバルトークについて、「数学的、哲学的な一面がよく知られているが、民族性を大切に、人間的でピュアな音楽を書いた一面もある」と話す。ライブで聴ける機会が多くない作品ばかりだが、バルトークの魅力を熟知する金子による演奏で聴けば、民族的な香り漂う独特のリズムとハーモニーに魅了されるに違いない。

 2つのルーツを持つことで、10代の頃はアイデンティティの悩みを抱えていたという金子。しかしある時、それぞれのアイデンティティをしっかりと磨こうと決心したことで、今ではそれがむしろ強みとなった。「日本人でありハンガリー人でもあるピアニストとして、音楽とトークを通じてハンガリーの魅力を伝えたい」と力強く語る。

 この日も、欧州の各地を旅するようなこの聴きやすく鮮やかなプログラムを通じ、ハンガリーはもちろんさまざまな文化の魅力を伝えつつ、学びや新しい音楽との出会いを届けてくれることだろう。

文:音楽ライター 高坂はる香

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[記載の内容は、一部、過去に文京シビックホールで開催された公演の際のインタビュー記事を含みます]