音楽ライター 林 昌英
異色の実力派弦楽四重奏団 モルゴーア・クァルテットの公演を控え、ショスタコーヴィチとキング・クリムゾンの魅力を紹介
前回触れたように、この30年来の日本におけるショスタコーヴィチ受容に大きく貢献したのが、モルゴーア・クァルテットである。モルゴーアといえばショスタコーヴィチ、といわれるほどの代名詞的レパートリーとなり、第1ヴァイオリン荒井英治の強烈なプレイを中心に、4人で楽曲の世界に入り込む演奏は、いまだ他の追随を許さない。
荒井英治による独特の編曲が用意されるのもモルゴーアならではで、今回はショスタコーヴィチ交響曲第9番の第1楽章が聴ける。1945年、ソヴィエトの大戦での勝利を祝う大作を書きます!みたいな発言を自らしていたのに、できあがったのは小編成で古典的、皮肉やいたずら心にあふれる音楽だった。第1楽章冒頭の第1主題から斜に構えていて、第2主題に至っては何もかもバカにしきっている。それでいて楽曲としては隙の無い完成度で、スターリン体制下に、まさに命がけの遊びを仕掛けたのである。なお、彼はその後また当局に批判され、苦境に立たされることになる。
今回演奏されるもう1曲は、1964年、3番目の妻イリーナに捧げられた弦楽四重奏曲第9番。全5楽章だが全曲アタッカ(切れ目なし)で続く、30分ほどのエネルギーあふれる大作で、フワッと始まる第1楽章、悲歌的な第2楽章から、スケルツォの第3楽章で妖しいムードになり、祈りと叫びが交錯する第4楽章を経て、容赦ないスピードで突き進み様々な場面が現れる第5楽章でクライマックスを築く。複雑な心情も感じられるが、それ以上に音楽自体に思わずカッコイイ!と感嘆してしまうはずで、その楽しさを満喫するのが吉だろう。 代表的ジャンルの両「第9番」(しかも共に変ホ長調!)を同じ舞台で、しかもモルゴーアの演奏で体験できるのは嬉しいし、有意義な時間ともなる。4人の個性がぶつかる凄絶な演奏になる期待があるし、その熱気が作曲者の強い精神をも掬い上げてくれるに違いない。
2023年 11月19日 (日) 15:00開演 (14:30開場)
ヨコスカ・ベイサイド・ポケット