2022年5月に開催された「第9回野島 稔・よこすかピアノコンクール」から半年。同じ会場で、今度は審査ではなくコンサートとして聴ける本堂竣哉の演奏を心待ちにしていた(11月23日、よこすか芸術劇場)。プログラムはコンクールの本選で圧巻の表現を弾き示した、J.S.バッハの『ゴルトベルク変奏曲』。本選では「自由な選曲構成で35分~40分内」という規約のため、1時間を越えるオリジナルでのリピートは省力された。それを記念公演ではリピートが付けられた完全版。
コンクールのときと同じく、純朴で生真面目な佇まいで登場の本堂、打鍵の瞬間に集中力のスイッチが入る。開始のアリアの、なんと純粋で無垢な響き。リピートで装飾音符が暗示のように光る。以降、変奏ごとに本堂の集中力は増し、それぞれのリピートでは自由な即興のように展開を見せる。
自由と言ってもそれは決して自分勝手な解釈なのではなく、とことん楽譜を読み込み、文献の研究もなされた、それらが咀嚼され消化されたうえで、自ずと出て来る本堂の個性。アリアのリピートで見せた、暗示のような魅惑。これはまさしく10代ならではの、純粋さとデモーニッシュな表情の表裏一体。
変奏を聴きながら、初めて本堂の存在を知った時のことが甦る。たまたま見つけた動画の、ヴァイオリニストの岡本卓徳とのデュオ。楽譜に書かれた音が、作曲家が望むとおりに表現されている完璧なテクニック。しかも、アンサンブル力も見事。若いのにこんな凄い子がいたとは!それが横須賀で“再会”し、優勝も果たし、混沌とした世の中だからこそ嬉しかった。そして記念公演では半年の間に進化も感じられ、思わず感涙。
「フーガが大好き」だと言う本堂。アンコールはどうするのだろう。おッ!J.S.バッハの『フーガの技法』である。本堂曰く、「改めて『ゴルトベルク変奏曲』の大きさというか偉大さを感じています。本番が近づくにつれて曲の大きさに畏れをなして、恐怖に苛まれました。弾き終えて安堵の心境ですが、まだまだ突き詰めていきたいです。アンコールは『平均律クラヴィーア曲集』からも考えたのですが、このホールは単音をポ~ンと弾いた時の響きが本当に素晴らしいので、『フーガの技法』の冒頭(コントラプンクトゥスのレ、ラ、ファ、レ~)を、やはり弾きたくなって。このホールで、またいつか弾きたいです」。 楽屋には数種類の楽譜。いずれもバッハで、弾き込んだ跡に本堂のバッハ愛を感じ入る。またぜひ横須賀で奏でてほしい逸材だ。