2021年、日本人の活躍によりにわかに話題となった、ショパン国際ピアノコンクール。その前の回である2015年第17回において、韓国人として初めて同コンクールに優勝したのが、チョ・ソンジンだ。
今回の日本人入賞後の盛り上がりを思えば、祖国韓国でその人気が沸騰したことは、想像に難くない。しかし彼はその後も周囲に流されることなく、ヨーロッパを拠点に着実な活動を続けた。そして今や、正統派のクラシックピアニストとして、世界のオーケストラやコンサートホールから引く手あまたの存在となった。まだ15歳だった2009年、浜松国際ピアノコンクールに優勝した頃から見守るピアノファンにとっては、感慨深いものがあるだろう。大器の片鱗を見せつつも素直で若々しかった音楽は、時を経て、新鮮さはそのままに、静かな情熱、人間の多様な感情を伝えるものへと変貌した。
そんなチョ・ソンジンが、パンデミックの影響による延期を経て、久しぶりに来日する。演奏するのは、ノーブルな音楽性を持つ彼に似合う、美しく整ったプログラムだ。
幕開けに演奏されるのは、バロック時代の作曲家、ヘンデルのクラヴサン組曲。彼のみずみずしく粒立ちの良い音は、こうしたシンプルな作品の美点を際立てる。
続けて演奏されるのは、ブラームスがヘンデルの作品からテーマをとって書き上げた「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」op.24。彼にしてはめずらしいブラームスの大きな曲への挑戦ということで、新しい扉が開かれる場面に立ち会うことになる。
そして後半は、ショパンのスケルツォ全4曲。ショパンコンクールの覇者にはショパンが求められがちだが、チョ・ソンジンは音楽家としての長い人生を見据え、あえてショパンを避けてきた。これは、そのうえで昨年5年ぶりにリリースしたオール・ショパン・アルバムに収録されている作品でもある。
スケルツォの録音にあたってチョ・ソンジンは、あらゆる表現を少しずつ変えながら試して解釈をまとめていき、それはまるで「大きな彫刻や絵画、または建築をつくっていくようなイメージだった」と話していた。そうして磨き上げた4つの物語を、ライブならではの感情を吹き込みながら披露してくれる。
奇を衒わず、高い集中力で自分の表現を追求してゆくようなチョ・ソンジンの音楽は、聴き手の心にもまっすぐ届く。よこすか芸術劇場には、初登場。透明感のある特別な美音を、ぜひ生で味わってほしい。
高坂はる香(音楽ライター)
高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後2005年よりピアノ音楽誌の編集者として、世界のコンクールやピアニストを取材。2011年よりフリーランスの音楽ライター、編集者として活動。ショパン国際ピアノコンクール、チャイコフスキー国際コンクール、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールなどで長期取材を行い、ウェブ上で現地レポートを配信している。HP「ピアノの惑星ジャーナル」
公演概要
横須賀芸術劇場リサイタル・シリーズ65
チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル
2022年 8月27日 (土) 15:00開演 (14:00開場)
よこすか芸術劇場
S席:6,500円 A席:5,500円 B席:4,500円
ペア(S席):12,500円
横須賀芸術劇場プレミアム俱楽部サンクス料金(S席):5,500円
ヘンデル クラヴサン組曲より HWV430、HWV440
ブラームス ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ 変ロ長調 Op.24
ショパン スケルツォ 第1番 ロ短調 Op.20 / 第2番 変ロ短調 Op.31 / 第3番 嬰ハ短調 Op.39 / 第4番 ホ長調 Op.54