渡辺太郎(音楽ライター)
かつて東京キューバンボーイズというバンドは言わずもがな、あたりまえの存在だった。少なくともラテン音楽を愛好するならば、知らぬ存ぜぬはナンセンスである。
戦前のルンバ全盛期を象徴する世界的な花形バンドにレクオーナ・キューバン・ボーイズがある。まだ日本にラテン音楽という言葉すらなかった時代、「日本にもこんなバンドがあったら」と憧れて戦後に旗揚げ、命名されたのが東京キューバンボーイズだった。
やがて時代は下り、単なるバンド名の拝借という次元をとうに超えて、キューバンボーイズといえばそれは本家ならぬ東京を指すのが常となった。このようなバンドは世界でも珍しい。ラテンアメリカからはるか離れた東洋の片隅で、いまどき「ベサメ・ムーチョ」だの「マイアミ・ビーチ・ルンバ」を好んで演奏し、本国キューバではさほど有名とはいえない「トレス・パラブラス」を楽団テーマに選んでしまうなど、ことごとく酔狂を極めている。そこまで異国の人間を惹きつけてしまうラテン音楽の魅力をひたむきに追究し続け、日本に輝かしい金字塔を打ち立てたのが東京キューバンボーイズなのである。いまをときめく熱帯JAZZ楽団にしても、時代を切り拓いたパイオニアには座して一目置くというわけだ。
今年で結成から73年を迎える東京キューバンボーイズの歩みのなかで、はからずも優れていたのは日本人ならではのオリジナリティーを目指したことだ。現地ラテンアメリカの曲を演奏するだけではいつまでもモノマネの域を脱することはできない。売れっ子だったラテン・バンドが日本の伝統文化を発信するという英断に、当初メンバーは戸惑いこそしたものの、そこは力強いリーダーシップを発揮したバンド創設者の見砂直照氏(みさご・ただあき=現リーダー・和照氏の父君)によって、東京キューバンボーイズが世界屈指のバンドたりえるオリジナリティーを獲得することに結実したのだった。
近年「和モノ」や「和ジャズ」といったキーワードから新しい着眼で日本の音楽シーンをとらえ直す気運も高まるなか、東京キューバンボーイズの過去の作品がクローズアップされることも増えてきた。時代に先駆けて多様性を実現したともいえるユニークなラテン・ビッグバンドを聴かずしては不覚をとることになる。客席に高校生の姿が見受けられるのは明るい展望だ。ぜひ生のステージでその醍醐味を存分に体感していただきたい。
■渡辺太郎(わたなべ・たろう) ペレス・プラード、ザビア・クガートをきっかけにラテン音楽に開眼。月刊『ラティーナ』『CDジャーナル』等でビッグ・バンド系のラテン・スタンダードに関する記事を執筆、またビクターエンタテインメント、キングレコード等でCDの選曲・解説を手がける。東京キューバンボーイズとはNHK-FM『ラテン・タイム』を通じてリアルタイムに接し、先代リーダーの見砂直照氏をはじめメンバーとも親交を重ねている。
《公演情報》
見砂和照と東京キューバンボーイズ VS 民謡クルセイダーズ 大パノラマ コンサート
~ラテンと民謡が火花を散らす!~ ゲストDJ:ピーター・バラカン
2022年4月9日(土) 16:00開演(15:00開場) よこすか芸術劇場 チケット好評発売中!