YOKOSUKA ARTS THEATRE

春へ ――“吉野直子&高木綾子 ハープとフルートの調べ”に寄せて(青澤隆明)


春へ ――“吉野直子&高木綾子 ハープとフルートの調べ”に寄せて
青澤隆明(音楽評論)

フルートとハープの響きには、春を想わせるところがある。光なのか、温度なのか、やさしさなのか、生命のつよさなのか、どことなく春にふさわしい明るさがある。もちろん、それだけではないのだけれど、四季のはじまりを春に置くとすれば、それは生命と再生の循環のはじまりを意味する。出会いがあり、新しい出発がある。

ハープ、フルート、それぞれにそのような輝きをもっているところへ、ふたつの楽器が素敵に織りなされると、それはやはり優しい光を差し伸べるように、私たちの心へと浸みこんでくる。とかく「優美」という形容とともに語られやすいフルートとハープは、高音域をカヴァーするだけに、天使や女性と近い魅力を直ちに想像させるが、もちろんそれだけではなく、しっかりした広がりと奥行きをもつ楽器である。ソロやアンサンブル、コンチェルトはもちろん、オーケストラでの音楽づくりにおいても、当代一流の水準で活躍し続けてきた名手ふたりだからこそ、その表現の確かさはそれだけに深く強い優しさに充ちている。

春はもちろん清々しい若さだけではなく、幾つもの冬をくぐりぬけてきた成熟の喜びでもある。吉野直子と高木綾子の演奏はお馴染みだろうが、このふたりのデュオで当劇場に登場するのは初めての機会だというから、なおさら清新な息づかいも期待される。小劇場の親密な空間で、名手たちの奏でる驚くほど豊かな色彩と歌心に触れるとき、聴き手のしあわせはそこからまた次の夏や、秋や冬へと続いていく生命の営み、人々の暮らしのほうへと澄んだ広がりをみせることだろう。

バッハのソナタからはじまり、サン=サーンスとグラナドス、さらにはダマーズの作品でフランスやスペインの19世紀から20世紀を戦後まで渡り、武満徹が50歳代にまとめた名作「海へⅢ」と泳いでいく。そこまでくれば20世紀もおしまいのほうで、武満徹の音楽もぐっと歌へと引き寄せられていた時代である。彼ら作曲家たちはみな、私たちが生きているいまを知らない。だからこそ、温かみと深みをもって、なにかをよりつよく夢みることもできたのかもしれない。

ハープの吉野直子とフルートの高木綾子――輝かしい名手ふたりの春の旅は、そうして時代も出自も異なる作品ごとの鮮やかな光景を克明に映し出しながら、私たちを豊かな音楽の喜びへと連れ出してくれることだろう。作曲家たちの夢を生きるのはもちろん、いま生きている演奏家の心身を通じてであり、その先には聴き手の心という尽きせぬ海が広がる。人と人がいっしょに弾くこと、それを聴くことを通じて、ある固有の時間と場所に集まり、心を合わせることの喜びは、新しい季節のはじまりを祝う気持ちとどこか繋がっている。


横須賀芸術劇場リサイタル・シリーズ61
吉野直子&高木綾子 ハープとフルートの調べ

2021年 3月6日 (土) 15:00開演
ヨコスカ・ベイサイド・ポケット

【出演】
ハープ:吉野直子
フルート:高木綾子


【予定曲目】
・J.S.バッハ フルート・ソナタ 変ホ長調 BWV1031
・ダマーズ フルートとハープのためのソナタ 第1番
・サン=サーンス ロマンス Op.37
・武満徹 海へⅢ ~アルト・フルートとハープのための~
・E.グラナドス(J.ランベール/J.W.リー 編) アンダルーサ、ロンダーリャ・アラゴネーサ(ホタ)~「スペイン舞曲集 Op.37」より~ほか

※ご来場の際には、「新型コロナウィルス感染防止対策の取り組みと来場者の皆様へのお願い」をご覧ください。

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