ジュゼッペ・ヴェルディの《椿姫》は、世界でいちばん上演回数が多い人気オペラである(Operabase調べ)。ブルジョワ青年と高級娼婦の悲恋を描いた物語はわかりやすく感動的で、「乾杯の歌」などのヒットメロディに彩られた音楽は、美しくシンプルでありながら登場人物の心理やドラマを的確に伝える。オペラ初心者にはうってつけだし、オペラ好きにとっても何度見ても発見がある作品だ。「完璧なオペラ」(指揮者のネゼ=セガン)だと言われるのも、もっともなのである。
とはいえ《椿姫》の成功は、主役のヴィオレッタ役に多くを負っている。ヴィオレッタは最初から最後までほぼ出ずっぱりで、音楽は彼女の心の変化を細やかに追ってゆく。恋に落ち、恋人の父が代表する世間の壁に敗れて身を引き、最後は病に倒れる劇的な生涯を、広い音域と至難なテクニック、豊かな表現力を駆使して歌い、演じなければならない。歌手としてそして女優としての力量が試される役であり、ソプラノの憧れの役であると同時にハードルの高い役でもある。
© Allegri
この10月、イタリアの名門トリエステ歌劇場の来日公演《椿姫》でヴィオレッタを歌うのは、イタリアの名花デジレ・ランカトーレ。19歳の若さでザルツブルク音楽祭にデビューして以来、スカラ座をはじめ世界の一流歌劇場で活躍している現代を代表するプリマドンナのひとりだ。女性らしい豊かな表情に満ち聴き手を引き込む美声、澄んだ、のびやかな高音、圧倒的なテクニックを合わせ持ち、舞台姿にも華があって、愛らしい人柄がにじみ出る。声と容姿の双方に恵まれた、まさに今の時代のプリマドンナなのである。
《椿姫》のヴィオレッタは、以前より声が重くなり、響きが充実して艶やかになってきた今のランカトーレに最適の役柄であると同時に、彼女の最愛の役柄である。初めてこの役を歌ったのは2013年だが「すっかり魅了され」、「私の愛 Mon Amour そのもの」(ランカトーレ)になってしまったという。以来世界中で、そして日本でも歌い、そのたびに成功を収めてきた。
彼女のヴィオレッタがふたたび、それもサイズ、音響ともオペラハウスとして理想的な空間であるよこすかで聴けるのは、オペラファンとして嬉しいかぎりだ。共演者も指揮者も、世界で活躍するイタリア人アーティストが揃っている。イタリア・オペラのツボを心得たイタリア人一流のアーティストたちが紡ぐ《椿姫》は、イタリア・オペラの醍醐味を思い知らせてくれる公演になることだろう。
デジレ・ランカトーレが出演する トリエステ・ヴェルディ歌劇場は10月27日 15:00開演 よこすか芸術劇場で行います。
https://www.yokosuka-arts.or.jp/performance/detail/?id=486