横須賀芸術劇場リサイタル・シリーズの55回目を飾るのは、日本を代表する国際的ヴァイオリニストとして多くの聴衆を魅了し続けてきた前橋汀子。
彼女の活動に対する姿勢と今回の公演の聴きどころについて、音楽評論家の寺西基之氏が語ります。
今日でこそ世界的に活躍する日本人ヴァイオリニストは数知れずいるが、そうした日本のヴァイオリン界の活況は、その道を切り拓いた世代のヴァイオリニストの業績があってこそのものであることを忘れてはならない。そうした大ベテラン世代の中でもとりわけ大きな存在感を示しているのが前橋汀子である。彼女の活動を振り返ってみて強く感じるのは、溢れんばかりのチャレンジ精神だ。まだ日本人演奏家の海外留学が稀だった1960年代初めに、なんと鉄のカーテンの向こうの旧ソ連に留学、続いてアメリカのジュリアード音楽院で学んだということからも、そのことが窺えるが、かかる積極的な姿勢が今日でも全く失われていないことは、最近になって弦楽四重奏のジャンルに新たに取り組み始めたことに示されていよう。
若い時から今日までの彼女の活動に一貫するこのような音楽に対しての飽くなき追求の意欲、それは前橋の演奏そのものにも強烈な表出力として現れている。彼女の奏でる音楽は豊潤で濃厚、その根底には表現に対する拘りが感じられる。しかも最近は、長年の経験から自ずと滲みでるような円熟味がそこに加味されるようになり、演奏に大家の風格を漂わせている。旺盛な表現意欲、しかもそれを風韻ともいえる自然さで示す独自の熟した芸風。若い時からの自身のスタイルを究め続けてきた結果、今の前橋汀子は彼女ならではの高みの境地を築いている。
今回の演奏会の前半はロマン派の小品が並ぶ。小品というととかく軽く考える人も多いが、実は小品の魅力を引き出すには優れたセンスが必要で、前橋はこうした小品に並外れた資質を示してきた。豊かな表情でたっぷり歌い上げる彼女のロマン的な面が、円熟した味わいのうちに存分に発揮されるに違いない。後半はヴィヴァルディのおなじみの「四季」。最近は古楽的スタイルの演奏が流行だが、前橋はそうした流れに与しない伝統的なスタイルを窮めた説得力ある「四季」を聴かせてくれるだろう。彼女より若い世代の弦楽奏者たちとの共演という点も楽しみで、後輩たちに影響を与えつつ、しかも自分も彼らから吸収しようという前橋汀子のチャレンジングな姿勢がここにも窺えるようだ。
寺西基之(てらにし・もとゆき/音楽評論家)
【横須賀芸術劇場リサイタル・シリーズ55 前橋汀子 (ヴァイオリン) &弦楽アンサンブル】
2019年 5月18日(土) 14:00開演 (13:30開場)
よこすか芸術劇場
S席:4,500円 A席:3,500円
※未就学児童は入場できません。 託児サービスをご利用ください。
【出演】
ヴァイオリン :前橋汀子
コンサートマスター:森下幸路
第1ヴァイオリン :廣岡克隆/平山慎一郎
第2ヴァイオリン :小宮 直/伝田正秀
ヴィオラ :渡邉信一郎/小倉萌子
チェロ :門脇大樹/中西哲人
コントラバス :前田芳彰
チェンバロ :重岡麻衣
【演奏プログラム】
マスカーニ 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より 間奏曲
エルガー 愛の挨拶
クライスラー 愛の喜び/プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ
ドヴォルザーク わが母の教え給いし歌/スラヴ舞曲 Op.72-2
マスネ タイスの瞑想曲
ブラームス ハンガリー舞曲 第1番/第5番
ヴィヴァルディ 協奏曲集「四季」